代表 平下耕三の自分ストーリー

私の障害について

 私は、生まれつきの難病で先天性骨形成不全症です。


3万人に1人の難病だと言われています。骨の組織が弱くて、

折れやすいんです。

 

手術も繰り返してきて、

今、身長が135センチ、

体重が70キロ、顔が50キロ(笑)です。

先天性骨形成不全症は遺伝性疾患で、うちのセンターの副代表を務める

2つ上の兄貴も同じ障害を持っています。

3人兄弟のうち、長男だけが障害がなく、ペンキ屋をしています。


親父は大工をしていて、酒ばっかり飲んでいました。

私が母親のおなかにいるとき、親父は酒を飲みながら、

「子どもはもう十分だぞ。次に生まれてくる子に病気が遺伝するんだから、

もう産まなくていい」と言っていました。


 しかし母親というものは、強いですね。

「私は、この子を産みたい」と言ってくれたんです。

 

夫婦間でもいろいろと葛藤があったとは思うのですが、

そのおかげで私がここに存在しているんですね。

マイナスから始まった人生

 人が誕生するときに、よく言われる「生まれてきてくれて、ありがとう」

という親からのメッセージがありますね。

それが、私の場合には

「生まれて来なくても良かったのに」という、

マイナスからスタートしているんです。

 今の日本では、障害のあるなしに関わらず、

いろいろな人が生きづらさを抱えていると思います。

生まれつきの障害者はみんな、それを経験しているんです。

私の自分史からもわかるように、生まれる前から否定されてきたという

生きづらさからのスタートです。

存在への否定に、生きる力を奪われて

 障害をもった私が誕生して、しばらくは母親が育ててくれていたんです。

たしかに母が私を産んでくれたのは良かったけれど、

育児にはほとほと疲れてしまったようです。

 

私が小学校6年生のとき、家に帰ってきたら、母親がいなかったんです。

子ども心に、夜には帰ってくるんかなと思っていたんですが、

親父が「お前らを置いて、出ていったんや」と言いました。

その後、母親はずっと帰ってきませんでした。

皮肉な話ですが、

私を「産むな」と言っていた親父に育ててもらうことになりました。
 

私が生まれたときに、自分の存在を否定されたこともあり、親父からもいろいろと力を奪われてきました。

人間が本来的に持っている、生きる力ですね。

それゆえかコンプレックスの塊となってしまって、

自分が障害者だということをなかなか受け入れられずに生きてきました。


 こうして自分史をお話したのは、自立生活運動の原点となる部分を知ってもらいたいと思ったからなのです。

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